東京品川駅は最近「大変身」しました。新幹線が停まり、羽田行きの京浜急行の便がよくなり、<えきなかショッピング>のお店が増え人の洪水状態です。高輪台にかけてホテルが並び外国人の姿も多く見かけます。
そんな品川駅の高輪口に降りると目の前に大きなホテル「ホテルパシフィック東京」があります。30階にあるレストランに5人の女性が待っていてくださいました。以前お会いした時はもう少し大衆的なレストランでの「ランチ」でしたので気楽な格好で行きましたのに、皆さんは正装に近く華やかな衣装です。なんと「Refuge de madame」(マダムの隠れ家)と名のついた淑女のための夏メニューを頂くということらしいのです。展望抜群の最上階の個室で。身が縮まる思いでした。
「私どもの家から海が見え、夏はその風がよく通りましたのに今は建物で遮られ・・・・」「祖父の代に岩崎弥太郎の起こした三菱を頼って多くの人が土佐から上京しこのあたりにすんだのです。」「羽田のあたりは海水浴や潮干狩りにいきました。」・・・・・・・・・目の前にいるこの女性達がさて何歳か? 話のなかで「米寿」という方もいらっしゃることに気づかされました。なんと私の母親の年齢!
「婦人自主講座」といういささか堅い名称のこの会は今から45年前に(私の大学生時代)発足し、自分たちで企画をたて多くの講師をお呼びして講座を開き、各地に旅行をしたりしてきたそうです。きっかけは子どもの小学校の保護者としての集まりから。米寿の方は「末っ子が一緒でした」と。東京オリンピックの前に始まっている会ですし、皆さんのお話はなるほど東京にまだ高速道路が開通していない時代のお話なのです。「高速道路は海につながった川を埋めてできましたの」と、その当時の記憶があるわけです。
「生涯学習」とか「セカンドライフ」とかの言葉もない時代から「自主講座」を延々続けてこられた老婦人達と知り合うことができて、しかもお食事を一緒にすることができて私はあらためて幸せな気持ちになりました。それに、彼女達はまだまだ意気軒昂で「2ヶ月に1回」くらい講座を開いているらしいのです。「海外旅行にももっと行ってみたいです。」「NHKのラジオ講座を聴いていますよ」と、学ぶ姿勢のしっかりしていること。 お話していると「私たちは戦争中の女学生で、学校ではお勉強ができなかったのです。だから、知らないことが多くて沢山学びたいのです。」という言葉がきかれました。彼女たちの原点はここなのでしょう。「学びたくても学べなかった思い」がこのように「あこがれ」として続いているのです。
先に名前の出た「斎藤孝」教授が『なぜ日本人は学ばなくなったか』(講談社現代新書)を出版されています。そのなかで「今の日本人が本当に学ばなくなった。勤勉を美徳とし世界に誇っていたのに全くそれは神話と化した」と述べています。「日本人が学ぶことを嫌いになり、バカにするようになる。こんな事態は、今までの日本人が経験したことのない非常事態だ。日本人としてのアイデンティティクライシスが起こっている」と危機を訴えています。
日本人はずっと、学びや教養を一段高いものとみなす風潮が社会に充満していた。氏はそれを「リスペクト社会」と名付けています。ところが、ある時期から「バカでもいいじゃないか」という空気が漂い始め、「開き直り社会」「バカ肯定社会」へと一気に変質してしまった。そこにはもう「学び続ける精神や教養への敬意はないし、学ぶべき書籍や教科書の価値もわからない。それを教えてくれる先生への畏敬の念もない。学びたいという「あこがれ」の心の習慣自体がなくなったと言っています。比較的若く(40代後半)、しかもそれ相当の大学で教えている氏の発言でこのように指摘され、それも原因を「教育制度」や「学習指導要領」にするのではなく「社会全体の尊敬・感謝の念の喪失」においているところに大いに刺激を与えられました。
氏は旧制高校の教育や教養主義を理想としています。それは一部のエリート社会の志向と切り捨てるのではなく底に流れていた文化を知ることとして取り上げています。この本を読んで私は昨日会った70代、80代の女性達の「向学心」を支えているものが、もしかしたら日本人全体の心の習慣なのかもしれないと気づかされました。たまたま役員のかたは相応の財力のある方だったのですが、45年間を支えていたのは普通のお母さん達の「向学心」だったに違いがありません。一時は何百人もの会員がいらしたそうですから。
社会で立派な仕事をなさって引退された一人のオジサマから「戦後教育の問題」を指摘され、返事をしなければならないのを延ばしていましたが、この夏またお会いした「自主講座」のご婦人たちの目の輝きと斎藤孝氏の問題整理によって少し前に進めそうです。
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